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東京地方裁判所八王子支部 平成5年(ワ)183号 判決

主文

一  被告戸澤保文は、原告に対し、金三五三九万〇〇三六円及び内金三三三九万〇〇三六円に対する平成三年四月二日から、内金二〇〇万円に対する平成五年四月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の三分の一と被告戸澤保文に生じた費用の三分の二は被告戸澤保文の負担とし、原告と被告戸澤保文に生じたその余の各費用及び被告株式会社七八二二に生じた費用は原告の負担とする。

四  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一  原告の請求

一  被告らは、各自原告に対し、金四九七〇万八五三八円及び内金四七七〇万八五三八円に対する平成三年四月二日から、内金二〇〇万円に対する平成五年四月二五日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  仮執行の宣言

第二  原告の請求原因

一  事故の発生

次の交通事故が発生した。

1  日時 平成三年四月二日午後九時五〇分ころ

2  場所 東京都武蔵村山市神明四丁目一二六番地(新青梅街道)

3  態様 被告戸澤保文(以下「被告戸澤」という。)は、自動車(以下「本件自動車」という。)を運転して、前記日時場所において、青梅方面から東大和方面に向かい、片道二車線ある道路の中央線寄り車道上を進行し、同車線上を先行する自動車を左側から追い越した後、進路を歩道寄り車線に変更しようとしたが、ハンドル操作を誤り、自車左前部を車道左側のガードパイプに衝突転倒させ、同乗の佐々木宏知(以下「故佐々木」という。)が頭蓋内出血により同日死亡した。

二  被告戸澤の責任

被告戸澤は、本件自動車を運転し、酒気を帯び、自車を時速約一〇〇キロメートル(指定最高速度五〇キロメートル毎時)という高速度で疾走させていたのであるから、ハンドル操作を慎重かつ的確に行うべき注意義務があるのにこれを怠り、安易に急転把した過失により、本件交通事故を発生させた。

従って、被告戸澤は、民法第七〇九条に基づき、右不法行為による損害を賠償すべき責任がある。

三  損害

1  故佐々木の損害

(一) 治療費(青梅市立総合病院)金一万九八〇〇円

(二) 逸失利益 金二八七〇万八五三八円

故佐々木は事故当時二六才であり、その事故前年である平成二年の年間給与所得は金三三二万円であった。生活費の控除を五〇パーセントとし、就労可能年数は四一年で、そのライプニッツ係数は、17.2943である。これに基づき算出すると、金二八七〇万八五三八円となる。

(三) 慰謝料 金一八〇〇万円

(四) 原告は、故佐々木の母として、以上(一)ないし(三)の合計金四六七二万八三三八円の損害賠償請求権を相続した。

2  原告の損害(葬儀費用) 金一〇〇万円

3  損害の填補

原告は、自動車保険から、治療費金一万九八〇〇円の支払を受けた。

よって、1(四)の金四六七二万八三三八円と2の金一〇〇万円の合計金四七七二万八三三八円から右金一万九八〇〇円を控除すると、残額は金四七七〇万八五三八円となる。

4  弁護士費用 金二〇〇万円

5  以上により、3の金四七七〇万八五三八円と4の金二〇〇万円の合計金四九七〇万八五三八円が損害総額となる。

四  よって、原告は、被告らに対し、各自右5の金四九七〇万八五三八円及び3の金四七七〇万八五三八円に対する本件事故日の平成三年四月二日から、4の金二〇〇万円に対する被告らいずれにも本訴状が送達された日の翌日である平成五年四月二五日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。

第三  請求原因に対する被告戸澤の認否

請求原因一の事実、同二の第一文の事実は認める。

同三の事実は知らない。

第四  被告戸澤の抗弁(過失相殺)

一  過失相殺ないし好意同乗

1  故佐々木は、単なる好意同乗者ではなく、被告戸澤らとともに被告会社から、本件自動車を借り受け共同して運行の用に供していた者であり、本件自動車について被告戸澤と同等の運行支配を有し、事故を防止して危険を回避できる立場にあったものである。

2  故佐々木は、被告戸澤らとともに飲酒し、被告戸澤が飲酒運転をすることを承諾してこれを認容し、被告戸澤が時速約一〇〇キロメートルの高速で無謀な追越しをかけているにもかかわらず、その運転を制御しなかったものである。また、故佐々木はシートベルトの着用を怠っていた。

3  以上によれば、故佐々木にも本件事故の発生について過失があって、その割合は少なくとも五割あるから、損害額の算定について右割合で過失相殺すべきである。

二  損害の填補

原告は、本件自動車に関し被告会社が契約していた自動車保険の搭乗者傷害保険条項に基づき、訴外安田火災海上保険株式会社から金一〇〇〇万円の死亡保険金の支払いを受けている。

従って、同額の填補があったものとして、損害額からこれを控除すべきである。

仮に、損害の填補が認められない場合にも、慰謝料の算定に当たりこれを斟酌すべきである。

第五  抗弁に対する原告らの認否

一  抗弁一は争う。

二  抗弁二の第一文の事実は認めるが、その余は争う。

理由

第一  被告会社に対する請求

原告は、被告会社に対する責任事由について主張をしないから、被告会社に対する請求は理由がなく、これを棄却する。

第二  被告戸澤に対する請求

一  請求原因一の事実(事故の発生)、同二の第一文の事実(被告戸澤の過失)は、当事者間に争いがない。

従って、被告戸澤は、民法七〇九条に基づき、右不法行為による損害を賠償すべき責任がある。

二  抗弁二(過失相殺ないし好意同乗)について

1前記一(事故の発生、被告戸澤の過失)の事実、甲第一〇号証、乙第一号証、第二号証、第三号証の一、二、第四号証ないし第一〇号証、第一二号証ないし第一五号証、第一九号証ないし第二一号証並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる〔但し、(二)の事実中、被告戸澤が本件自動車を運転し、酒気を帯び、自車を時速約一〇〇キロメートル(指定最高速度五〇キロメートル毎時)という高速度で疾走させていたのであるから、ハンドル操作を慎重かつ的確に行うべき注意義務があるのにこれを怠り、安易に急転把した過失により、本件交通事故を発生させたことは、当事者間に争いがない。〕。

(一)  本件の普通乗用自動車(フォルクスワーゲン)は、被告会社が平成三年二月に購入した。

(二)  被告戸澤、故佐々木、故上原照雄(以下「故上原」という。)及び古谷昌俊(以下「古谷」という。)は、いずれも被告会社の役員であり、四月二日は外の仕事を終えて午後七時ころ、東京都西多摩郡瑞穂町大字石畑八二四番地ジャパマーハイツ五四八号所在の被告会社事務所に帰り、その近くの被告会社社長大谷友信(以下「大谷」という。)宅で大谷も交えて日本酒を飲んだ。被告戸澤は、日本酒三合位を飲んだ。

(三)  その席上、今度被告会社で買った本件自動車のことが話題となり、故上原が「ドライブに行こう。」と言ったのがきっかけになって、被告戸澤、故佐々木、故上原及び古谷の四名が本件自動車でドライブに出かけることになった。そこで、大谷から、事務所付近に止めてあった本件自動車を借り出すについて承諾を得て、そのエンジン鍵を受け取り、当初故佐々木が運転することになり、被告戸澤、故上原及び古谷が同乗した。

(四)  故佐々木が六キロメートル余り運転し、信号待ちで停止したところ、被告戸澤が「運転させてくれ。」と言って、交替して運転することになった。被告戸澤が運転して約九〇〇メートルの地点で本件事故を起こした。

(五)  被告戸澤は、本件自動車を運転し、次々と先行車を追い越して、四月二日午後九時五〇分ころ、武蔵村山市神明四丁目一二六番地(新青梅街道)の本件現場に差しかかったが、当時、酒気を帯びて本件自動車を時速約一〇〇キロメートル(指定最高速度五〇キロメートル毎時)という高速度で疾走させていたのであるから、ハンドル操作を慎重かつ的確に行うべき注意義務があるのにこれを怠り、安易に急転把した過失により、本件交通事故を発生させ、これにより故佐々木が死亡した。なお、故佐々木はシートベルトの着用を怠っていた。

2 右事実によれば、故佐々木は、単なる好意同乗者ではなく、被告戸澤らとともに被告会社から本件自動車を借り受けて共同して運行の用に供していた者であり、本件自動車について被告戸澤と同等の運行支配を有し、事故を防止して危険を回避できる立場にあったものである。

また、故佐々木は、被告戸澤らとともに飲酒し、被告戸澤が飲酒運転をすることを承諾してこれを認容し、被告戸澤が時速約一〇〇キロメートル高速で無謀運転をしているにもかかわらず、その運転を制御しなかったものである。

その他、右事実によれば、故佐々木にも本件事故の発生及び故佐々木の死亡について過失があり、その割合は三割あったものと認められるから、本件の損害額の算定について右割合で過失相殺すべきである。

三  損害

1  故佐々木の損害

(一) 治療費(青梅市立総合病院)金一万九八〇〇円

甲第九号証並びに弁論の全趣旨によれば、故佐々木の治療費として、金一万九八〇〇円を要したことが認められる。

(二) 逸失利益 金二八七〇万八五三八円

甲第二号証、第三号証、第六号証、第七号証によれば、故佐々木が事故当時二六才であり、その事故前年である平成二年の年間給与所得は金三三二万円であったことが認められるので、生活費の控除を五〇パーセントとし、就労可能年数は四一年で、そのライプニッツ係数は、17.2943である。以上に基づき算出すると、金二八七〇万八五三八円となる。

3,320,000円×(1−0.5)×17.2943=28,708,538

(三) 慰謝料 金一八〇〇万円

故佐々木の慰謝料は、金一八〇〇万円が相当と認められる。

(四) 以上(一)ないし(三)の合計は金四六七二万八三三八円となるが、これを前記二の2の割合で過失相殺すると、その残額は金三二七〇万九八三六円となる。

(五) 甲第六号証、第七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、故佐々木の母として右金三二七〇万九八三六円の損害賠償請求権を相続したことが認められる。

2  原告の損害(葬儀費用) 金一〇〇万円(金七〇万円)

乙第一七号証並びに弁論の全趣旨によれば、原告が故佐々木の葬儀費用を負担したことが認められるが、右費用のうち本件事故による損害額は金一〇〇万円であると認められ、これについても前記割合で過失相殺すると、その残額は金七〇万円となる。

3  損害の填補

(一) 原告が自動車保険から治療費金一万九八〇〇円の支払を受けたことは、原告の自認するところであるから、前記1(五)の金三二七〇万九八三六円と2の金七〇万円の合計金三三四〇万九八三六円からこれを差し引くと、その残額は金三三三九万〇〇三六円となる。

(二) 被告戸澤は、原告が、本件自動車に関し被告会社が契約していた自動車保険の搭乗者傷害保険条項に基づき、金一〇〇〇万円の死亡保険金の支払を受けたから、同額の損害の填補があったものとして、損害額からこれを控除すべきであり、仮に、損害の填補が認められない場合にも、慰謝料の算定に当たりこれを斟酌すべきであると主張する。

そこで、検討するに、原告が本件自動車に関し被告会社が契約していた自動車保険の搭乗者傷害保険条項に基づき、訴外安田火災海上保険株式会社から金一〇〇〇万円の死亡保険金の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、右搭乗者傷害保険は、被保険自動車(本件自動車)の被保険者(正規の乗車用構造装置のある場所に搭乗中の者)が同自動車の事故で死亡したときは、同自動車の保有者の有責、無責並びに搭乗者の損害の多少を問わず死亡した被保険者の相続人に保険金額(定額)が支払われ、その場合でも第三者に対する損害賠償請求権は保険会社に移転しないものとされていることが認められるから、本件保険金の支払は損害の填補とならないものというべきである。また、慰謝料の算定に当たりこれを特に斟酌すべきものともいえない。

よって、被告戸澤の右主張は採用することができない。

4  弁護士費用 金二〇〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告が原告代理人弁護士に本件訴訟の提起及び追行を委任したことが認められ、原告の前記損害額等も考慮すると、弁護士費用のうち本件事故による損害として被告に賠償を求めることができる金額は金二〇〇万円であると認められる。

四  よって、原告の被告戸澤に対する本訴請求は、被告戸澤に対し、前記三3(一)の金三三三九万〇〇三六円と4の金二〇〇万円の合計金三五三九万〇〇三六円及び右金三三三九万〇〇三六円に対する本件事故発生の日である平成三年四月二日から、右金二〇〇万円に対する本件事故発生の日の後である平成五年四月二五日から各完済まで民法所定の五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却する。

第三  以上の次第で、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、第九二条を、仮執行の宣言について同法第一九六条一項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 村田達生)

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